
読むと五感がキリリと刺激され、心地よくなる美味な文章に定評のあるフードジャーナリストの平松さん。
器や道具にも精通し、モノにまつわるエッセイも多数、そんな彼女が考える「意外な」プロットとは?

「電子レンジ、捨てるよっ」。
そう家族に宣言、何でもあたためてくれる“魔法のハコ”を手放した代わりに、小鍋や蒸籠をフル活用するようになり……そんなエピソードを、著書『平松洋子の台所』の中で紹介している平松さん。何かをなくすことで、もともとあった何かがプロットされ、あたらしい光が当たる。それは大きな衝撃をもって、読者へのメッセージとして伝わったという。
「電子レンジの話が、これほど強烈だとは思っていなかったんです。だけどみんな、それだけ負担に思っているのかもしれませんね。確かに便利だけど、無意識のうち、どこか引っかかっている。私が電子レンジをなくして得られたことは、自分の嗅覚や視覚。ものがないと、頭を使って知恵を絞るようになる。すると、自分の五官が今まで眠っていたことに改めて気が付くんです。たとえば野菜をゆでるときも、それまでお湯だったのに、ちょうどいいゆで具合いになると、青い香りがふわっと立つのを感じたり。自分で判断して五官を使って生活するのは、ほんとうに面白いこと」。
旬の野菜も、味で季節が移っていくのがわかるという平松さん。冬であればネギや大根が旬を迎えると、とろっと甘みが増す。意識しなくても、からだの方が素早く察知する。「ある日八百屋さんに、昨日まで出ていなかった春の野菜がぽっと出ていたりして。畑ではひと足先に季節が動いているんだなって」。
また、近ごろの環境の変化といえば、昨年、娘さんが結婚をしたこと。「それで、彼女が使っていた部屋をそのまま置いておいたら、なんとなく空間に空気が通らない感じがして。淀んで、凍結していくのがもったいなく思えるし、家の中にそういう場所があることがどこか居心地悪くて、ある日、思いきって壁を取って部屋をなくそうと決めたんです。天井や床も張り替えて、窓を増やして。そうしたら、次の扉が開けたような、爽快感がありました」。

足すのではなく、引いていくという“プロット”。「たとえば、子どもが小さいときに遊んだおもちゃも、もう使わないと思ったらいつまでもとっておかない。ものをなくすことで、想像した以上に風通しのよさは得られる気がする。日々暮らすということは、絶対に年齢も進むし、環境も次に進むから、過ぎたことに固執せずに、前を見る。そのために、わざわざ引っ越さないといけないわけでもないし、家を建てないと変わらないわけでもない」。
また、住まいほど大きくなくとも、新しく取り入れるささいなものが、毎日に影響を及ぼすこともある。毎日使うふきんなんて、まさにそう。「汚れが気になり出したら、思い切って新しく買い直す。私の基準は、漂白してもどんよりしている感じになったら変えどき。それだけのことなのに、気持ちが全然違いますよね、台所の空気がピカピカするじゃないですか。それには、多少の思い切りも必要」。
どんなことも、人それぞれタイミングがある。ただ春は、そんな“変わりどき”になかなかふさわしい。

ひらまつ・ようこ
フードジャーナリスト、エッセイスト。1958年岡山生まれ。東京女子大学理学部社会学科卒業。 世界各地を旅して食文化と暮らしをテーマに執筆している。 近著に『忙しい日でも、おなかは空く。』(日本経済新聞出版社)『よい香りのする皿』(講談社)などがある。 2006年『買えない味』でドゥマゴ文学賞受賞。