
緑あふれる山奥の、100年もの年月流れる古い家で、早朝からパンを焼き、コーヒーを入れ、こういう暮らしをして、さえずる鳥の声の美しさや、畳で大の字 になる気持ち良さ、人々の温かさを知った。足もとを見つめ、たくましく今を生きる、若い夫婦の、こよなくリアルな奮闘記。

「本当に、こんなに大きな家をどうしようって思いましたね。いくらなんでも広すぎるんじゃないかと」。
チャンスは突然舞い降りた。岐阜県・山岡町。山深いこの土地に、ある陶芸家さんが別の村から移築し暮らしていた、古いお屋敷があった。しかし訳あって引っ 越すこととなり、懇意にしていた器のメーカー「深山」が、家ごと譲り受けることになった。そこからが問題。ここをどう活用するか考えた時、社長の松崎英之 氏が思いついたのは、取り扱っている器を直接見られる、ショールームとしての場。さらに当時、カフェでパンを焼いて働いていた娘の松崎千恵さんと、旦那さ んである河村昭平さんに、夫婦でパン喫茶をやることを提案した。河村さんは言う。「僕はもともと名古屋のマンション暮らしで、こんな古い大きな家はまった くの初めて。で、試しに住んでみたんですけど……」と、ふたりは顔を見合わせる。「まず夜は闇なんです。すっぽり覆われるという感じで、落ち着くとかじゃ なくて、ちょっとした恐怖。ガサガサって音がすると、こちらだけ見られてるようで」と松崎さんが言うと、河村さんも「あと、虫がデカい。尋常じゃない (笑)」とせる。そんなこんなで暮らすことは断念したものの、店作りはしなければならない。「中はほぼそのままを生かして、壁だけ塗って。庭は最初は草 ボーボーの荒れ地だったんですけど、地元の造園をしているおじさんにいろいろ教えてもらって、ハーブを植えることにしたんです。店で出す、パンや料理に使 えるだろうって(河村さん)」。でも、とにかく手入れが大変。「よく優雅でいいねって言われるんですけど、とんでもない。細かい手入れが多くて、今もとて も追いつかない状態(松崎さん)」。

そう、彼らに与えられているのは、お店を経営するという同時に「この家を守る」という使命。 「カフェに勤めている時は、パンを焼くならそれだけでよかった。でも今は、全部トータル。繋がってるんです」ハーブをパンに使いたいなら、きちんと手入れ しないといけない。虫や日除け対策も、切実な問題として立ちはだかる。「前は、『誰かにお願いすればいい』と思ってたんです。でもここは誰もやってくれな い。自分がやんなくちゃいけない。するとおのずと、それを解決するために知恵を働かせるようになる。こうしたら、日陰ができるなあとか。雑草にはこうしよ うとか。いろいろ考えるようになりましたね」。そうして日々「今そこにある問題」と向き合いながら、なんとか切り盛りしていくうち、2年の月日が経った。 「今はこれが当たり前になっちゃって。自然に対する恐怖心もなくなって、だんだん受け入れるようになりました(松崎さん)」 「最近になって思うのは『俺、たくましいんじゃない?』って(笑)。都会で暮らす人達を見てると、ヌルいヌルい!と思うようになりました(河村さん)」。 ふたりはこれで、きっと世界中のどこでも暮らせるに違いない。

パン喫茶 ほやら
岐阜県恵那市山岡町田代503-8 tel/0573-59-2161営業日/パン水・木曜日、パン喫茶 金・土・日曜日。 営業時間/パン11:00-1:00 喫茶11:00-1:00。※祝祭日などはウェブサイトで確認。瑞浪インターから車で25分。JR瑞浪駅よりタクシーで30分。