CONTENTS people#2 アトリエA

どこまでも斉しい関係。つかずはなれず、家族のような

みんながオープンで、とりとめもない会話をしながら、自然にみんなが絵を描く。 誰が声高らかに仕切るでもなく、気負うでもなく、限りなく自由に、心のおもむくままに。 障がいのある方の支援というと、ちょっとかしこまってしまうけれど、こんなかたちでの「with×action」もある。子どもたちの絵描き教室「atelier A(アトリエ エー)」には、家族の関係に近い「ふつうにいっしょ」の空気が流れていました。

満開の桜の花びらが、まろやかな春風に乗って、ヒラリ、ヒラリ漂う。近所の公園で、atelier A(アトリエ エー)のみんなで集合写真を撮る。「おーい!スタッフぅ〜」と、ジャングルジムに巻き付くようにしがみつく子どもたちから、声がかかる。人々に囲まれた ジャングルジムは、みんなの笑顔に占領される。そして花びらが舞いおちる。春の日曜日のお昼すぎ。東京・代々木上原で開かれているお絵描き教室、atelierAは、4年前に赤荻徹さんと洋子さんが始めた。赤荻さんは、養護学校の教師をしていた両親を見て育ち、大人になった今では映画関係の仕事の傍ら、ダウン症 や自閉症の子どものサッカー教室でコーチをする。それをキッカケに、自宅で4人の子どもといっしょに絵を描き始めた。これがatelier Aのはじまり。以来、毎月1回日曜日の午前中2時間、開く。画用紙とカラーペン、ボールペン。好きなものを好きなように描く。多いときは20人もの子ども が集まり、個々に絵の世界に遊ぶ。スタッフと呼ばれる大人が隣に腰掛け、ときどき話しかけている。「中を塗ってみれば」「これ、なに?」—スタッフは、赤 荻さんの友人や、そのまた友人、知人などが多い。彼らスタッフと子どもたちが、だいたい対になり、はじめるともなくはじまる。

お絵描き教室としてスタートしたときからスタッフとして参加して、もう4年になる横須賀拓さんにとって、月1の日曜日の早起きも、とりたてて特別なことで はなかったらしい。atelier Aに来ることは、日常の一片。「(自分が)がんばっているつもりもないし、過度な期待を求めるというよりは、添え木のような役割を楽しんでいます」。子ど もが描くペン先の行方を見ながら、話してくれた。横須賀さんをはじめ、子どもも大人も、atelier Aで何かの技術を得ようとか特別な発見をしようとか、押し並べた「目的」はなくて、都度生まれてくる絵という表現を、ただ純粋に受け止めている。

最初のころは、毎回描く課題を決めていたと言う。課題を出すことで、教室然とし、知らず知らず描く人・教える人という見 えない境界線が引かれた。「それをやめて、自由に描きたいものを描いて、最後に自分の描いたものを発表するというふうにしたら、もっと楽しくなった」(赤 荻さん)。発表することで、子どもたちの描くモチベーションが高まり、与えられる課題を描くより俄然楽しくなった。何枚も何枚も描く子もいれば、線や色よ り文字や数字を描く子もいる。千差万別。それぞれが思うように、好きなものを描く。そこに他の人との比較はないし、上手や下手もない。一等もビリもない。 教えるとか習うという関係もなく、みんなが等しい。

「楽しい。みんなが(自分を)好いてくれるのが、すごく嬉しい。私が『ナントカのダレ』とか『ナニナニしている人』と か、そういうのが関係ないのがいい」 と言うのは、2年前からスタッフとして参加している與田寛子さん。子どもたちには、こちらの仕事の肩書きや年齢なんてなんの意味もないこと。今、いっしょ にいて、同じものを見ているかどうかが、いちばん大事なこと。子どもたち同士も、互いに強い興味があるふうでもない。ただそこにいる。でも無関心じゃな い。だから助けが要りそうなときは、手を出すけれど、要らないときは「ふん」とそっけない。見ていると、まるで“家族”。赤荻徹さんと洋子さんが、お父さ んとお母さん。二人が見守るなかで、自由にのびのびと。

桜の下で撮った写真は、家族写真のように時を刻む。変わらない「いま、いっしょ」という時を。

アトリエA

アトリエA (あとりえ・えー)

ダ ウン症、自閉症の子どもたちとともにはじめた代々木上原のお絵描き教室。スタッフはデザインやアートに関わる仕事をする方々が中心に集まり、いっしょに楽 しみながら、子どもたちが制作する環境作りをしている。子どもたちとスタッフが、おたがいに刺激しあい、友情を育み、それぞれに新しい発見をする場所とし て。年令や障がいの重度を問わず、たくさんの人との出会いを経験する機会として、開かれた活動をしている。
http://atelier-a.petit.cc/

ページのトップへ